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1977年5月号(vol.16)「内燃機関」誌掲載

                スズキGS750用機関

1.まえがき

 スズキGS750(図−1)は,大形ツーリングモデルとして高出力で余裕があるばかりでなく,ライダーの体の一部のように思うどおり操縦でき,安心して楽しく乗ることができる,いわゆるレジャードライブ中心に開発したものである.
 そのためにはエンジンのみならず,高速走行およびコーナリングにおける操縦安定性,ブレーキ性能,各部の操作性の優れていること,灯火類,計器類,各補器装置は信頼度が高く視認性に優れていること,できるだけ軽い車重とすること,十分信頼のおける耐久佐を有するなど,エンジンと車体を一体とした考え方が必要となる.
 これまで,スズキのオートバイは2サイクルエンジンを主体として発売してきたが,大形ツーリング車として4サイクルが主流をなしているなかで,当社もその需要動向に対処すべく,今回GS750の発売となったものである。以下,スズキGS750の機関(図ー2)を紹介する.

                        

2.設計のねらい

 GS750の開発に際して,上述した車体とエンジンを一体とした考え方は当然含まれるが,特にエンジンについての重点的なねらいは次のようなものである.
(1)振動が少なく静かであること
(2)ユーザー負担を極力避けるため,調整および整備性に優れていること
(3)長時間の高速運転で耐久性があること
(4)高速のみならず中低速もバランスのとれた性能であること
(5)公害対策への配慮として,ブローバイガス還元装置,騒音対策,無鉛化ガソリン使用が盛り込まれること
などである.

3.エンジンの特徴

 高速性能の得られやすい4気筒,DOHCを採用し,排気管は2気筒を1本でまとめる4 into 2にすることで,音質,騒音および重量的にメリットがあり、全体的にバランスのとれたデザインとすることができた.動弁系の駆動はチェーン駆動とし,チェーンガイドはゴム類を多く使用,チェーンテンショナは長期の研究の結果,自動調整式を採用,常時適正な張りを保つことに成功し,ユーザーの手を汚すことなく,騒音性能が向上するとともに,チェーンの耐久性も向上した.
 また,往復運動部重量の軽減とピストンリングによる摺動メカロスの減少により高回転でも無理なく,クランクの特殊鋼採用をも含めて,最高出力時(8500rpm),スロットル全開の2万キロ以上連続運転可能なエソジンとすることができた.これはわれわれが誇る大きな特徴である.伝導関係については,既に市販されて実績のあるGT750を基本とした.
 主要諸元を表ー1に,エンジン性能曲線を図−3,走行性能曲線を図−4に示す.

                  

        

4.機開の溝造

4.1シリンダヘッド回り

 シリンダヘッドは,アルミ合金製低圧鋳造でT6処理を施し,カムはタペット直接駆動方式のため,前後にそれぞれ1本ずつ設けた.ジャーナル部はカム軸1本を2ヵ所で支持する方法をとり,シリンダヘッドへキャップで締め付ける構造とした.タペット室には,常時オイルがたまるようにオイルだまりを設けて,長時間放置後の始動直後のカムのスカツフイングを防いでいる。
 燃焼室は半球形で全面加工し,65¢のボアなかでバルブ径を最大にとるため,バルブはさみ角を61°とした.バルブシートは無鉛化ガソリン対策として,鉄系焼結合金を使い冷やしばめしている.
 シリンダヘッドカバーには,スパークプラグを中心に燃焼室周辺の冷却を主目的とするため,走行風が導入しやすい導風口を設けた.これは従来からスズキの大形2サイクルエンジンで使われているラムエアシステムであり,さらにその上部には,エンジンで発生するブロバイガスをエアクリーナヘ還元する通路を構成しており,このなかには金属性のフィルタが入っている(図ー5)

                        

4.2 シリンダ

 4気筒を一体としたアルミ合金製ダイキャストを本体とし,ライナを冷間圧入している.ライナはスカツフイング,磨耗を向上させるため,幾多のテストをくり返し特殊鋳鉄を採用した.シリンダの取付けは,シリンダヘッドとともにクランクケースヘ植え込まれた12本のスタットボルトで締め付けられるが,両端の吸入側(後側)に位置するスタットボルトは,シリソダヘッドへの潤滑通路をも兼ねている.また,整備性も考慮して,車体に乗った状態でシリソダの着脱ができる設計とした.

4.3 クランクケース

 クランクケースは,アルミ合金製ダイキャストで上下分割方式とし,トランスミッション部も一体とした.下部にオイルが入るスペースをとり,簡単なオイルパンを設けてウェットサンプ方式とした.クランク,トランスミッションの軸支持周辺部およびケースの合わせ面などの剛性には特に検討を加え,肉厚の配分や効果的なリブの補強で十分な剛性を持っている.

4.4 動弁回り

 吸排気バルブの径は,吸気36φ,排気30φで,材質はともに耐熱鋼を使用し,特に熱の高い排気バルブは2種類の材質を摩擦溶接して使用,フェイス部にはステライトを溶着した.
 バルブタイミング(図ー6)は中速からの伸びを重視して,In開30°BTDC,閉70°ABDC,Ex開70°BBDC,閉30°ATDC とした.バルブスブリングはインナ,アウタとも不等ピッチとし,高速時におけるサージソグを抑える設計とした.
 バルブ上部にタペットおよびクリアテンス調整用のシムを設け,カム軸は吸排気を1本ずつ設けた.シムの交換は特殊工具の考案により,カム軸をはずさず交換できる配慮をしている.カム軸は特殊鋳鋼で,カムノーズをチル化し,ジャーナル部の磨耗やスカツフイング性能向上を目的に,軸全体をイオン窒化処理を施行している.これらの採用により,剛性を落とさず軸径を22φと細く設計することができた.
 カムの駆動は左右の燃焼冷却のバランスを考えて中央とし,クランク軸からチェーン駆動とした.チェーン回りは騒音を抑えるため,ゴムのスリッパタイプのガイドで動きを止めるとともに,無調整式のテンショナを採用(図ー7),チェーン張力を一定に保つ構造とした.このため,チェーンによる騒音変化のないものに仕上げることができた.

              

4.5 クランク軸回り

 クランク軸は,組立式を採用した.出力取出し位置はレイアウトの段階で種々の構造が考えられたが,並列4気筒のクランク軸とトランスミッションを含めた全体のバランスから既にGT750(GT750は3気筒)で採用しているように,右クランクの内側にギヤを設け,それからクラッチヘ伝導する方式をとった(図ー8)
 クランクの右端にはオルタネータとスタータクラッチを設け,右端に2ポイント1カム自動進角装置付きのコンタクトブレーカを設けた.クランク軸は9点の構成部品からなっているが,両端のシャフト以外は左右対象としたので,種類としては6点でまとめることができた.各部の剛性を持たせるため材質はクロムモリブデン鋼を使い,浸炭焼入れ焼きもどしをし,圧入部の圧入しろ,圧入長さ,およびその周辺の肉厚などは十分検討を加えた仕様とした.
 軸受は右端に♯6305のボールベアリングを使い,クランク軸の位置決めを兼ねるため,外周にCリング溝を設けてケースへ組み付ける構造とした.他の5個の軸受は,高回転に有利なアルミリテーナのローラベアリングを採用した.
 コンロッドもクロムモリブデン鋼を使用し,高回転での慣性力を少しでも小さくするよう配慮した。大端には、ケージ付きのニードルベアリングを採用,クランクピン径は28¢と極力細くし,周速を少しでも減らす設計とした.大端の潤滑は,クランクベアリングを潤滑したオイルを遠心力でクランクピンに集める方式とした(図ー9)

                

4.6 ピストンおよびピストンピン

 ピストンはAC8AでT6処理し、プロフィールは高回転の熱変形を考慮した正だ円形状とした.
 リング幅寸法は1.2mmと極力薄くして,リングの慣性力を小さくし,シール性向上を狙った.オイルリングは組合わせ方式として,オイル消費の低減を図った.(図−10)
 ピストンピンはクロムモリブデン鋼を使い,ピン径は16¢と細く,重量を抑えた設計とした.これらにより高速の耐久性も十分信頼できるものとなった.

                       

4・7 吸排気関係

 キャブレターは強制開閉式で,ベンチユリ径26¢,VMタイプを4個使用している.
 エアクリーナは,エレメントに湿式ポリウレタンホームを使ってエレメントの寿命を長くしている.このポリウレタンホームは洗油やガソリンで簡単に,しかも効率よく洗浄でき,これに少々のオイルを浸すことで,汚れてもくり返し使用できるメリットがある.
 ブローバイガスは,シリンダヘッドカバー上部よりゴムホースでエアクリーナ上部のクリーン側へ還元する構造とした(図−11)
 マフラは4 into 2を採用(図ー12),重量,騒音にメリットがあるばかりか,バンク角(車を倒したときの最大傾斜角)を45°と大きくとれる仕様とすることができた.エキゾーストパイプは,外観上変色がないように中空二重管方式を採用,スタイル上できる限り細くするため,内筒と外筒のスキマを少なくする方向で設計した.

            

4.8 潤滑系統

 オイルポンプは十分な余裕を持ったコンパクトで騒音の少ない,トロコイドポンプを用いクラッチの内側に設けた.ポンプのロータは焼結合金を採用,特殊前処理工程を経てタフトライド処理を施している.このため,高回転時の磨耗が向上しポンプ性能低下を防いでいる.ポンプの駆動はドライブギヤをトランスミッションのカウソタ軸上に設置し,プライマリドリプンギヤを組み込むとドックで結合する設計とした.ドリブンギヤは焼結合金を採用した(図−13)
 オイルパンのオイルは,ストレーナを通ってオイルポンプで汲み上げられ,オイルフィルタに送られる.オイルフィルタは大容量のろ紙式を採用,エンジンの前部に取り付けた.オイルフィルタを通過したオイルは,オイルプレッシャスイッチへ流れ,ここでエンジン側とトランスミッション側に二分され,さらにエンジン側のものはメインギャラリを経て,クランク側とシリンダへッド側にそれぞれ分配される.潤滑経路を図ー14図ー15に示す.

                      

     

4.9 クラッチおよびトランスミッショ

 クラッチは湿式多板式で,コイルスプリングを使用しカウンタシャフトの右側に装着した.クラッチレリーズはボール式とし,左側からプッシュロツドにより押す方式とした.プッシュロッドには,エンジン運転中ケースの熱膨張のためクラッチの切れが悪くなることのないよう,中央部をアルミ材とし,ケースの膨張とプッシュロッドの膨張を近づける構造を採用した.これにより暖機時のクラッチ切れ不良は防止できた.
 トランスミッションは5段の常時かみ合い式で,使用頻度の多い3,4,5速のドックは,ギヤかみ合いの抜けにくい逆テーパドックとした.
 ドライブチェーンは#630で磨耗,伸びの耐久性を増すため,モリブデン系のグリースを密封(図ー16)した特殊構造を採用,寿命は従来の約3倍に向上した.

                       

5.あとがき

 以上,簡単ではあるが,スズキGS750の機関について述べた.従来,2サイクル主体としてきたスズキにとって,本機関の開発にあたっては十分検討をし,くり返し試作を行ない,特に耐久性向上と騒音性能向上に時間を費やした.その結果,目的を満足するものに仕上げることができ,現在市場でも好評を得ている.市場に出てからまだ日が浅いが,今後,専門の方々や市場の評価を積極的に採り入れ,皆さんに喜んでいただけるよう,改良および次期の新商品開発に努力する所存である.


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